一般社団法人沖縄県軍用地等地主会連合会(土地連)

沖縄の軍用地に関する問題解決、地主の財産権の擁護及び福利増進を行っています。

電話098-923-2258
窓口業務時間平日 9:00~17:00(昼休み12:00~13:00)

土地連の歩み-通史編

三 沖縄返還協定による対米請求権の放棄

沖縄返還に関する日米交渉は、一九七一年(昭四六)六月九日、愛知外相とロジャース国務長官のパリ会談で最終合意された。「琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定」(以後「沖縄返還協定」という。)は六月十五日、日本政府の閣議決定を経て、同月十七日に調印された。この調印式は、東京とワシントン間の衛星中継による史上初の同時調印となった。

沖縄返還協定は、前文と本文の九箇条からなり、その要旨は次のとおりである。

(前文)琉球諸島及び大東諸島の日本国への復帰が共同声明の基礎の上に行われることを再確認した。

(第一条)アメリカ合衆国は、琉球諸島及び大東諸島に関し、平和条約第三条の規定に基づくすべての権利及び利益をこの協定の効力発生の日から日本国のために放棄する。日本国は同日に、これらの諸島の領域及び住民に対する行政、立法及び司法上のすべての権力を行使するための完全な権能及び責任を引き受ける。

(第二条)日本国とアメリカ合衆国との間に締結された条約及びその他の協定は、この協定の効力発生の日から琉球諸島及び大東諸島に適用されることが確認される。

(第三条)日本国は、安保条約及びこれに関連する取極に従い、アメリカ合衆国に対し琉球諸島及び大東諸島における施設及び区域の使用を許す。

(第四条)日本国は、この協定の効力発生の日前に琉球諸島及び大東諸島におけるアメリカ合衆国の軍隊若しくは当局の存在、職務遂行若しくは行動又はこれらの諸島に影響を及ぼしたアメリカ合衆国の軍隊若しくは当局の存在、職務遂行若しくは行動から生じたアメリカ合衆国及びその国民並びにこれらの諸島の現地当局に対する日本国及びその国民のすべての請求権を放棄する。この放棄には、琉球諸島及び大東諸島の合衆国による施政の期間中に適用されたアメリカ合衆国の法令又はこれらの諸島の現地法令により特に認められる日本国民の請求権の放棄を含まない。
アメリカ合衆国政府は、琉球諸島及び大東諸島内の土地であって合衆国の当局による使用中一九五〇年七月一日前に損害を受け、かつ、一九六一年六月三十日後この協定の効力発生の日前にその使用を解除されたものの所有者である日本国民に対し、土地の原状回復のための自発的支払を行う。この支払は、一九六一年七月一日前に使用を解除された土地に対する損害で一九五〇年七月一日前に加えられたものに関する請求につき一九六七年の高等弁務官布令第六〇号に基づいて行った支払に比し均衡を失しないように行う。

(第五条)日本国は、琉球諸島及び大東諸島におけるいずれかの裁判所がこの協定の効力発生の日前にした民事の最終的裁判が有効であることを承認し、かつ、その効力を完全に存続させる。
日本国は、この協定の効力発生の日に裁判所に係属している民事事件について裁判権を引き継ぎ、かつ、引き続き裁判及び執行をする。
日本国は、この協定の効力発生の日に琉球諸島及び大東諸島におけるいずれかの裁判所に継続しており又は同日前に手続きが開始されていたとしたならば継続していたであろう刑事事件につき、裁判権を引き継ぐものとし、引き続き手続きを行い又は開始することができる。
日本国は、琉球諸島及び大東諸島におけるいずれかの裁判所がした刑事の最終的裁判を引き続き執行することができる。

(第六条)琉球電力公社等の財産、その他のすべてのアメリカ合衆国政府の財産で、この協定の効力発生の日に琉球諸島及び大東諸島に存在するものは、同日に日本国政府に移転する。

(第七条)合衆国の資産が日本政府に移転されること、アメリカ合衆国政府が琉球諸島及び大東諸島の日本国への返還を一九六九年十一月二十一日の共同声明第八項にいう核兵器に関する日本政府の政策に背馳しないよう実施すること等を考慮し、日本政府は、この協定の効力発生の日から五年の期間にわたり、合衆国ドルでアメリカ合衆国に対し総額三億二、〇〇〇万合衆国ドルを支払う。

(第八条)日本国政府は、この協定の効力発生の日から五年の期間にわたり、沖縄島におけるヴォイス・オヴ・アメリカ中継局の運営を継続することに同意する。

(第九条)この協定は、批准されなければならず、批准書は東京で交換されるものとする。この協定は、批准書の交換の日の後二箇月で効力を生ずる。

この沖縄返還協定の締結により、県民は復帰を現実のものとして実感しはじめたが、その内容は、具体的には必ずしも県民が期待したようなものではなかった。
ここで、対米請求権に関する第四条をみると、第一項では、琉球諸島や大東諸島における米国及びその国民に対する日本国及びその国民のすべての請求権を放棄すると定めている。しかし、第二項では例外として、米国施政下に適用された米国の法令や現地法令によって特に認められている請求権は、これを放棄せず、その内容を具体的に付属文書「合意された議事録」において次のように定めている。

  • (1)土地に対する損害に係わる請求権及び収用宣告書に係る請求権で、その解決方法が賃借権の取得に関する高等弁務官布令第二〇号に定められているもの
  • (2)高等弁務官布令第一九号によって設置された琉球列島米国土地裁判所の管轄に属する請求権
  • (3)外国人の請求に関するアメリカ合衆国の法律によって解決を求めることができる請求権
  • (4)労働災害の補償に関する高等弁務官布令第四二号によって保護されるアメリカ合衆国政府又はその機関の被用者の請求権
  • (5)報酬その他の利益に係るアメリカ合衆国政府又はその機関の被用者の請求権
  • (6)その他の請求権

また第三項では、難問題とされていた復元補償について第一項(放棄)の例外として、米国政府は、一九五〇年七月一日前に収用され、かつ、一九六一年六月三十日後、復帰の前日までに解放された土地に対し、土地の原状回復のための自発的支払いを行うこととなった。

しかし、第二項及び第三項によって米国が補償を認めた事案は、①土地の復元補償②講和後の財産及び人身関係事案③土地裁判所の所管に属する事案④未払軍用地料⑤軍用地業務の手数料などであった。

このほか、那覇軍港内の海没地について、個別に交わされた「海没地の問題の解決に関する交換公文」により補償が認められた。これは、沖縄が補償要請を続けていた事案の一部であった。

このような沖縄返還協定の内容について琉球政府は、日本政府あての補償要請書「調印された返還協定、合意された議事録及び交換公文では、先に琉球政府から提案された諸項目中、土地の復元補償等六件が採り上げられたにとどまり、軍用地の接収に伴う通損補償等九件については、遂に請求権が放棄され、或いは不問に付されたままになっている」と強い不満を述べた。

一九七一年(昭四六)六月十七日に調印された沖縄返還協定に対し、沖縄県祖国復帰協議会(復帰協)を中心とする革新団体は「核も基地もない平和憲法への復帰と逆行するものである」との指摘のもとに、調印当日を「屈辱の日」として、同日に抗議大会を開催する一方、経済団体等は「内容に不満はあっても悲願の復帰が達成されたのを素直に喜びたい」と調印当日に"日の丸ちょうちん行列"を行うなど、当時の沖縄の世論は大きく揺れ動いた。

このようななかで、政府から調印式への招待をうけていた屋良行政主席は、苦悩の末、出席することを断念した。調印式に出席しなかった主席に対して、野党の自民党は「出席拒否は非常識。復帰対策に影響する。」と責めたが、政府首脳をはじめ沖縄、本土マスコミともに理解を示した。

ところで、調印後の六月二十二日、愛知外相が、沖縄返還協定の調印式に出席しなかった屋良行政主席や沖縄返還協定に疑問を抱く沖縄県民に直接説明するため、早々に来沖した。

愛知外相は、屋良主席への説明のなかで、対米請求権問題にも触れ「請求権については不十分だったので、本土政府が責任をもって配慮する。補償については次の年度に予算化しなければならないと思う。この問題は総理府が中心に対策を講ずると思う。」と語った。

また同日、琉球商工会議所主催の講演でも「私が苦しんだのは請求権だ。沖縄の人は米軍だけでなく、日本軍の陣地の構築、激戦、土地収用と勝手にやられた。それらは米国や日本の法律では請求権として取り上げられない問題がいっぱいある。請求権は一人づつもっており、恨み、憎しみも、逆に希望、期待もこもっていよう。しかし、法の限界内の解決しかできなかった。請求権は沖縄の発展のためにこえなければならないので、閣議ではとくに、銘記してくれと力説した。ぜひ取り組んでやらなければならない。」と語った。

しかし、このような愛知外相の説明も住民を納得させるものではなかった。屋良主席は、同日(二十二日)夜の記者会見で「誠意は認められるが、これによって不安や疑問が解消されたとはいえない」という内容の談話を発表した。

一九七一年(昭四六)九月二十日、琉球政府は「アメリカ合衆国施政下における県民のいわゆる請求権等の法的救済に関する要請」を日本政府に提出し、そのなかで「日本政府が国内的に適切な補償措置を構ずべきもの」として、次のように補償措置を要請した。

1、土地の復元補償

(1)布令第六〇号の補償もれ

一九五〇年七月一日前に米軍によって形質変更された軍用地のうち、一九六一年六月三十日までに解放されたもので、復元補償の申請があったものに対しては、布令第六〇号によって復元補償がなされたが、当時、外地にいたとか、連絡が十分でなかった等の理由で、補償されないままになっているものがかなりある。これらについては、公平を期するうえからも早急に補償がなされるべきである。

(2)復帰後解放される土地の復元補償

復帰の際、地位協定に基づいて引き続き提供される軍用地で、復帰後解放されるものの復元補償については、沖縄返還協定第三条二項で、地位協定第四条一項の規定を読み替え適用することによって、米国の義務が免除されている。すなわち、米国は「当初に使用されることとなった時の状態」に復元し、又は復元に代えて補償する義務を負わないことが定められている。

これは復帰後、米国から日本政府に軍用地を返還する場合の、米国の日本政府に対する復元補償義務が免除されたということになるが、日本政府は地主等にその土地を返還する場合に、米国軍隊が当初に使用したこととなったときの状態まで、復元補償義務を負うのかどうかということを明らかにしていない。この点は国内的措置を講じて明確にすべきである。

2、軍用地の接収に伴う通損補償

米国は沖縄の膨大な土地を接収してきたが、接収に伴う損失補償としては、地料支払いと地上物件補償のみを行い、その他の通常生ずる損失の補償はなされないままになっている。残地補償、隣接財産の補償、離作補償、水利権補償等があるが、これらの損失は当然、補償されるべきである。

3、財産及び人身損害の賠償等

(1)布令第六〇号の補償もれ

講和発効前における米国軍隊又はその要員による財産及び人身の損害に対しては、布令第六〇号に基づいて二一の補償項目について米国より恩恵的支払いがなされたが、補償申請期間に外地にいたとか、市町村当局の連絡が十分でなく、事情を関知しなかった等の理由で、今日まで補償されないままになっているものがかなりある。
すでに補償されたものとの公平を期す上からも、国内的に補償措置が講じられるべきである。

(2)外国人請求法による賠額償に不服のもの及び同法で棄却されたもの

講和発効後の財産及び人身損害の賠償請求については、外国人請求法により米国が処理してきたが、その中には賠償額に不服のもの又は棄却されたものがかなりある。国内的に適切な救済措置(再審査、補償等の措置)が講じられるべきである。

4、土地裁判所訴願事案等

(1)講和後の漁業補償

講和発効前のものについては、布令第六〇号により補償されたが、講和発効後については補償されないままになっている。これらの漁業補償請求は、現在、土地裁判所に係属しているが、合意議事録の「第四条に関し」1の(2)には該当しない。従って国内的に補償措置が講じられるべきである。

(2)地料増額請求

布令第二〇号に基づく基本賃貸借契約及び総括賃貸借契約に係る土地の地料増額請求は土地裁判所に係属しているが、(1)と同じ理由により、国内的に補償措置が講じられるべきである。

(3)棄却されたもの

地料の増額請求及び漁業補償請求で棄却されたものがあるが、国内的に適切な救済措置(再審、補償等)が講じられるべきである。

5、林野の使用制限に伴う損失補償

沖縄本島北部の林野が、広域にわたって米軍の演習のため立入禁止され、竹、薪等の林野雑産物を採取できずに損失を受けている。米軍からの補償がなされないままになっているので、国内的に適切な補償措置が講じられるべきである。

6、海没地の補償

浦添、具志川、北谷、嘉手納、読谷、美里、国頭、金武の各地に米軍による海没地があるが、国内的に補償措置が講じられるべきである。

7、復帰前日までの返還土地で復元補償がなされるまでの間の損失補償

復帰前日までの返還土地で解放されてから復元補償がなされるまでの間の、使用不能による損失に対し、国内的に適切な補償措置が講じられるべきである。

8、解放地の境界設定費補償

解放地の復元補償をする場合には、補償費の中に境界設定費が含まれるべきだが、これがなされていない。国内的に補償措置が講じられるべきである。

9、米国の措置に不服のもの

沖縄返還協定第四条二項及び第三項による米国の補償措置に不服の場合は、国内的に適切な救済措置が講じられるべきである。

沖縄返還協定を不満とする声は、同協定調印後もなお高まりを見せる中で、一九七一年(昭四六)十月十六日、沖縄返還協定批准国会(沖縄国会)が開かれ、沖縄返還協定や復帰関連法案の審議が始まった。

一方、現地沖縄では、国会審議のさなかに沖縄返還協定反対闘争が展開され、同年十一月十日、復帰協主催の沖縄返還協定批准に抗議するゼネラルストライキが決行された。十一月十日の午前零時を期して三五をこえる団体の一〇万人余が参加、ゼネストに突入した。

「11・10ゼネスト突入宣言」では「日米両政府の多年にわたる沖縄県民の要求を踏みにじった欺瞞的・侵略的返還協定に対し、その批准に反対して交渉のやり直しによる完全復帰を要求する」と述べた。

また、琉球政府の屋良主席は、住民の沖縄返還協定に対する不満や要求をとりまとめた「復帰措置に関する建議書」を沖縄国会へ提出するため、同年十一月十七日に上京したが、その直前に「衆議院沖縄及び北方問題に関する特別委員会」において、自民党により沖縄返還協定が強行採決され、結局、国会提出は果たせなかった。

屋良主席は、同日の記者会見で「沖縄の運命を決定する国会でありながら沖縄の最後の訴えも聞かず強行手段をとったのは言語道断である」と強い不満と怒りを述べた。

国会においては、沖縄返還協定について審議が進められ、同年十一月二十四日には衆議院で、十二月二十二日には参議院でそれぞれ承認された。
これを受けて、一九七二年(昭四七)一月七日、日米首脳会議において沖縄返還の日が、「一九七二年五月十五日」と決まった。

【参考資料】

  • ・沖縄対米請求権問題の記録(沖縄県対米請求権事業協会編、一九九四)
一般社団法人沖縄県軍用地等地主会連合会(土地連)
Okinawa-ken. Federation of Landowners Association of land used for Military Purposes. a corporate.
〒904-0103 沖縄県中頭郡北谷町桑江1丁目6番29号
電話(代表):098-923-2258
Fax:098-923-2257
窓口業務時間 平日 9:00~17:00 (昼休み12:00~13:00)
休業日:土・日・祝日・慰霊の日・年末年始
2012 - 2026 © 一般社団法人沖縄県軍用地等地主会連合会(土地連)
本ウェブサイト内に掲載の記事・写真の無断転用は一切禁じます。すべての著作権は一般社団法人沖縄県軍用地等地主会連合会(土地連)および情報提供者にあります。
ML Design

ご案内