一般社団法人沖縄県軍用地等地主会連合会(土地連)
沖縄の軍用地に関する問題解決、地主の財産権の擁護及び福利増進を行っています。
六 米琉合同の審議委員会を設置
(一) ブース委員会
へメンディンガー弁護士による米国政府への提出ならびに、土地諮問委員会の審議による報告書が、高等弁務官の勧告書として米陸軍省へ送付されて、講和前補償獲得は一応、ワシントンの情勢待ちという形になり、ブース高等弁務官は、一九六〇年(昭三五)十一月九日、講和前補償に関して次のような声明を発表した。
一九五〇年(昭二五)七月一日から一九五二年(昭二七)四月二十七日までに米国が使用した土地の補償についての解決を行う権限が高等弁務官に与えられた。
この決定は土地諮問委員会から民政府に提出されて、一九六〇年(昭三五)六月十四日、高等弁務官がワシントンに送付陳情したものと幾分関連がある。一九五〇年七月一日前の補償については、今なお、米国政府で検討されている。
前記の一九五〇年より一九五二年にわたる期間の補償請求は、民政府布告第二六号の規定によって支払われる。この規定(布告第二六号)によると、一九五〇年七月一日及びそれ以後、米軍に接収された土地は、賃借についての黙契により、米国にその賃借権が与えられている。
このような決定がなされたのは、接収された建造物、墓、農作物、樹木等、一九五〇年七月一日から或いは、接収された日から一九五二年四月二十七日までに使用され、その後、所有者に返還された土地の復元補償又はそれに代わる損害賠償を公平に行う必要があるとの理由に基づくものである。
補償請求書の受理ならびに必要な手続は、土地諮問委員会において審議される。
これらの方法は、民政府と琉球政府との間において正式に決定される。
この高等弁務官声明は、不十分ながらも米国側の講和前補償に対する誠意の現われとして、関係者に喜ばれ、今後への期待を抱かせた。
しかし、土地諮問委員会のキング委員長は、久貝良順沖縄側委員長の質問に対し、「同声明による補償は、いわゆる,講和前補償"とは何の関係もない」ことを明らかにした。
この声明を受けて、ブース声明に示された期間(一九五〇年七月一日から一九五二年四月二十七日、いわゆる「ブース期間」と呼ばれている)の補償審議を行うため「講和前実務処理委員会」が一九六一年(昭三六)四月二十一日設置された。これがいわゆる「ブース委員会」である。
同委員会は、米側委員四人、琉球側委員六人で構成され、委員長はキング大佐、琉球側委員長は久貝良順(琉球政府法務局長)であった。
琉球側委員は、桑江朝幸(琉球政府立法院議員)、仲本為美(土地連副会長)、牧野博嗣(弁護士)、知花成昇(読谷村長)、天野鍛助(大宜味村長)らであった。一九六一年(昭三六)五月十日、ブース委員会は第一回の会合を開いた。この委員会において琉球政府及び琉球側委員は、土地の使用料等を含むすべての補償の請求書を提出することになり、その請求書(要求額五一〇万一、二九四ドル)は、五月十七日の委員会に提出された。
ブース委員会で審議を重ねた結果、同年八月十一日には米琉双方の妥結をみた。この妥結事項は高等弁務官あて勧告され、キャラウェイ高等弁務官はこれを承認して、一九六一年(昭三六)八月二十九日、次のとおりの声明(要旨)を発表した。
一九五〇年(昭二五)七月一日から一九五二年(昭二七)四月二十七日までの土地の使用料として、米国が琉球人地主に対して二〇〇万ドルを支払う。
講和前の土地の使用料は、米国は支払う法的義務はないが、一九五〇年七月一日以降の土地使用料に関して自発的に使用料支払いの義務を引き受けた。
講和前の土地使用料に対しては、米国はこれまでにも、好意で一一三万六、〇〇〇ドルを支払っている。
このようにして一九五〇年七月一日から一九五二年四月二十七日の期間については、すでに支払済みの一一三万六、〇〇〇ドルに加えて、今回の二〇〇万ドルが追加支払いされ、合計三一三万六、〇〇〇ドルが支払われたことになった。
(二)キャラウェイ委員会
これまで難航を続けてきた講和前補償問題は、ブース声明によって、ようやく前進をみたが、その後任のポール・W・キャラウェイ高等弁務官は、一九六一年(昭三六)四月六日、本問題に関する声明(要旨)を次のように発表した。
高等弁務官室は、講和条約発効前の補償請求問題の全般に亘って、琉球人請求者、その代理人及び琉球政府と審議す用意がある。
審議の目的は、関係事実を収集して検討し、かつ、この問題全体について総合的な評価と勧告を国防長官に提出することにある。
審議の対象となるのは、昨年の春に土地諮問委員会の琉球側委員から高等弁務官に提出され、高等弁務官から国防長官あて考慮方を依頼して進達された陳情書に述べられた請求である。
これらの請求は、日本の降伏した日、すなわち一九四五年八月十五日から一九五〇年六月三十日までの土地の使用と損害及び日本の降伏した日から講和条約の発効した日前、すなわち一九五二年四月二十七日までの人身侵害(傷害及び死亡)に対するものである。
一九五〇年七月一日から一九五二年四月二十七日までの期間についての土地に関する賠償請求は、引き続き一九六〇年十一月九日の高等弁務官声明に基づいて処理される。
これらの請求を審議し、かつ、評価することを断言するに際し、米国はその解決、補償の支払い又はその他の処置に対するいかなる法的責任を持つものでもなく、また、これらの処置を約束するものでもない。
米国は琉球における施政権者として、琉球住民の福利に関心を持つが故に、請求の審議を行うものである。
高等弁務官は単に、請求を慎重に審議し、そして本件に対するその総合的勧告書を国防長官に提出して、その配慮方を要請しようとしているにすぎない。
本官は、この審議を行うために、琉米合同のグループを二、三日のうちに設置するつもりであるが、このグループはすべての関係情報資料を集めて評価し、そして本官に然るべく勧告書を提出するはずである。
本官は、このグループの米国側のメンバーを任命するが、琉球側メンバーの指名は琉球政府行政主席に依頼する。
本官は、彼等が可及的速やかに会合をもって事実の収集及び検討を始め、早急にその使命を全うすることを期待している。
この声明を受けて、日本降伏の日から一九五〇年六月三十日までの土地に関する損害補償と日本降伏の日から一九五二年四月二十七日までの人身侵害に関する請求を取り扱う「講和前補償審議委員会」が、一九六一年四月二十一日、ブース委員会と同日発足した。これが、いわゆる「キャラウェイ委員会」である。このように、補償請求を審議する委員会が二つ存在することになった。同委員会は、米国側四人、琉球側四人で構成され、委員長はキング大佐、琉球側は久貝良順委員長のほかに、桑江朝幸(琉球政府立法院議員)、仲本為美(土地連
会長)、牧野博嗣(弁護士)であった。
一九六一年(昭三六)五月十日、キャラウェイ委員会は、第一回の会合を開き、講和前補償についての審議を始めた。以後、毎週一回から二回の委員会が開かれ、慎重な審議が行われた。そして一九六二年(昭三七)三月二十三日、四、三五八万五、七二七ドル四〇セントの損害賠償要求額に対し、二、一八七万四、五二四ドル四〇セントでようやく琉米双方の妥結をみた。
双方の決定した項目と損害額は次のとおりであった。
- 1、土地使用料
一四、九三九、五三九・〇〇ドル - 2、復元補償
二、五一八、七一八・七一ドル - 3、水利権補償
五〇、三七七・〇〇ドル - 4、身体損害及び死亡
八三一、〇三二・六九ドル - 5、立毛
五、〇一九・〇〇ドル - 6、果樹、桑、茶
四三一、〇六六・〇〇ドル - 7、立木竹
八一、四六八・〇〇ドル - 8、薪炭材
一八、三九九・〇〇ドル - 9、建物使用料
七三、九〇八・〇〇ドル - 10、建物破壊
六一〇、九八二・〇〇ドル - 11、井戸
一一一、二八一・〇〇ドル - 12、墓
六〇九、八三四・〇〇ドル - 13、溜池
六五、五六九・〇〇ドル - 14、石垣
三九三、四二三・〇〇ドル - 15、貯水タンク
一三、八〇七・〇〇ドル - 16、滅水地
二三六、四六九・〇〇ドル - 17、製糖工場
八、三七六・〇〇ドル - 18、沿岸漁業補償
五六二、六〇七・〇〇ドル - 19、建物移転費
二一九、二五九・〇〇ドル - 20、残地補償
一三、二九三・〇〇ドル - 21、不法行為による財産損害
八〇、〇九七・〇〇ドル
合計 二一、八七四、五二四・四〇ドル
キャラウェイ委員会では正式に妥結をみたので、一九六二年(昭三七)三月二十三日、高等弁務官に勧告書を提出した。同年十月十六日、キャラウェィ高等弁務官は、同勧告書に総合評価を付して米本国へ送付するとともに、その旨の声明を発表した。
七 米国議会における補償法案の審議
講和前補償法案がはじめて米国議会に提出されたのは、一九六〇年(昭三五)八月三十一日であった。同法案は、ジャッド議員がヘメンディンガー弁護士の依頼を受けて、第八十六議会の下院外務委員会へ提出したのであるが、会期切れで審議未了となった。
ジャッド議員は翌年一月二十五日再び、井上、ザブロッキー、プライスの各下院議員を共同提案者として、第八十六議会に提出した法案と同一内容の「対日講和発効前の米軍の行為による財産の損害及び人身の侵害並びに私有地の使用に対する補償金を提供する目的で琉球政府に資金を支出することを認める法案」を提出したが、同法案も会期切れで成立しなかった。
しかし、一九六三年(昭三八)二月には、ハワイ州出身のダニエル・井上上院議員が第八十八議会に同一内容の補償法案を提出し、上院外交委員会に付託された。
さらに、一九六四年(昭三九)になると、米国政府の関係各省が補償の検討を始め、同年八月二十六日、ステッフン・エールズ陸軍長官は、次のような法案及び提案書に基づき、立法措置がとられるよう下院議長あて勧告書を提出した。
法案は、「一九四五年八月十五日より一九五二年四月二十八日に至る期間における米国軍隊及びその要員の作為または不作為により生じた人身の死亡及び傷害並びに私有財産の使用及び損害に対し琉球列島のある特定の住民に支払いをなす権限を付与する法案」と題するもので、その内容は次のとおりである。
琉球列島にある特定の住民は、琉球における日本軍降伏の日即ち、一九四五年八月十五日から対日平和条約発効の日、一九五二年四月二十八日までの期間に、米国軍隊又はその要員の行為に付随して損害を被った。
対日平和条約第十九条により、琉球住民を含む日本国民の一切の請求権に対し、米国の法的な責任は免除され、その結果、講和前の損害に対して米国は、補償をしていない。(但し、一九五〇年七月一日から一九五二年四月二十八日までの間の土地の使用料及び損害補償金は例外)米国軍隊又はその要員の行為に付随して損害を被った琉球住民に補償をなすということは、琉球における唯一の施政権者として、米国が琉球住民の福祉に寄せている関心に特に一致する。
恩恵的補償の支払いは、琉球住民の福祉を増進せしめ、合衆国の安全の利益と外交政策並びに外交関係を促進せしめるものである。
琉球列島高等弁務官は、この請求に関する証拠を検討し、公平の精神で妥当な請求権とその額を決定した。
米国は、高等弁務官が正当な請求者と認めた者に対し、同高等弁務官が決定した額の恩恵的支払いをなすべきこと、かつ、陸軍長官又はその指定する者は、国防長官の定める規則により、陸軍省の行政事務の一つとして、この金額を請求者又はその法的相続人に支払うこと。
この権限法により割り当てられる資金は、日本政府からの支払いによりすでに履行された請求権又はその一部を履行するために、支出してはならない。
この合同決議を施行するため、二、二〇〇万ドルを超えない額の資金割当を権限づけ、同資金は費消されるまで有効である。
請求権に関連して請求者の代理でなした役務の報酬は、本規定により認証された裁定に基づいて支払われる総金額の五パーセントを超えてはならない。米琉合同委員会に請求権を提出するにつき、なされた役務に対して支払われた額は、この法律で認められた(報酬)額より差引かれるべきである。これに反する契約は、一切違法であり、無効とする。
米国にあると他所にあるとを問わず、ここに定める最高額を超えて役務報酬を請求し又は受け取った者は、軽罪を犯したものとし、断罪の上、五、〇〇〇ドルの罰金もしくは十二ヵ月の懲役又はその両刑に処する。
また、同立法勧告書の提案理由は、次のような内容のものであった。
琉球列島は一八七九年、正式に日本の一部となった。この地域は、第二次大戦中、米国軍にとって敵国領土とみなされ、一九四五年三月二十六日、米国軍隊が侵入した。琉球における戦闘行為は、一九四五年六月二十一日に終了し、日本軍は同年八月十五日、公式に降伏した。
一九四五年九月二十一日、琉球列島の全般的な軍政がしかれた。琉球は、日本管理及び施政から切り離され、このようにして日本の戦後の法律は、そのままの形ではこの地域に効力を及ぼさなくなった。
一九五一年九月八日、米国及びその他の国を締結国として、サンフランシスコで署名された「日本国との平和条約」は、一九五二年四月二十八日に発効した。この条約第三条により、米国は、琉球の領域及び住民に対し行政、立法及び司法上の権限を与えられた。
大統領は、米国政府の一九六五年度予算書の中で「米国及び自由陣営の安全守るため、米国は極東における脅威と緊張の状態が引き続き軍事基地の保有を必要とする限り、琉球における施政の責任を今後も施行する。」旨言明した。
琉球における米国軍隊の駐留は、一九四五年六月二十一日から一九五二年四月二十八日までの期間、軍事占領に該当する。この期間中に、米国軍隊又はその要員の作為又は不作為により、琉球住民に損害を与えた。この損害の性質は、占領軍の正当な需要を満たす必要からなされた動産及び不動産の補償なしの使用から、軍要員による不法行為にまで至っている。
自己所有の動産又は不動産を占領軍に使用、接収された個人は、適正な補償を受ける権利があるということは一般に認められた国際法上(特に、米国及び日本も批准したハーグ第四号条約に謳われている)の原則である。米国軍隊が第二次世界大戦中又はその後占領した他の敵国地域では、普通、現地に存在する政府が米国に代わり、この補償金を支払った。
この原則は、被占領国の住民が、軍隊又はその要員の作為、不作為により被った人身の死傷から生じる請求権の場合もまた適用される。
しかし、琉球では、終戦後初期にはこのような財政能力のある現地政府が存在しなかったため、住民達は、米国軍の講和発効前における財産の使用又は損害に対して(以下に述べる例外を除いて)或いは又、軍隊もしくはその要員により惹起された人身の死傷に対する講和前の不法行為に対して何の補償も受けていないという結果を生じた。
いずれにしても、同期間中に生じた琉球人の請求権に対する米国の責任は、一九五二年四月二十八日に発効した対日平和条約によって、正式に免除されている。
この条約第十九条A項により日本は、戦争状態の存在及び講和発効前の占領から生じた連合国及びその国民に対する日本国及び国民(琉球住民を含めて)のすべての請求権を放棄した。したがって、米国は、この請求権支払いについての法責任を免除されているとの理由で、このような請求権に対して法的責任を否認し、支払いをしていない。ただ例外として、占領期間最後の二ヵ年における土地の借賃及び損害補償の請求権は支払われた。
一九五〇年七月一日付で、琉球人私有財産の無償調達の原則は廃止され、米国政府が借賃を支払うことにし、賃貸借制度に切り替えられた。また、その期間中に損害を受けた土地の原状回復費も支払われた。このような制度は、一九五三年十二月五日付民政府布告第二六号の遡及規定により、黙認の賃貸借関係が存在したということに基づいて実施された。ここに言う講和前請求権は、条約第十九条B項の適用を受けるとも考えられる。即ち、同条同項によると一九四五年九月二日以後いずれかの連合国が制定した法律で特に認められた請求権は、第十九条A項に規定する放棄条項から特に除外されている。勿論、すでに支払われた講和前請求権は、今度の法案に含まれていない。
それに関連して日本政府は、日本本土における講和前の請求権に対する法的な責任を否定しているが、請求者にある程度の支払いをしている。日本政府は、琉球における講和前請求権に対しても法的責任は認めていないが、一九五七年に一〇億円(約二八〇万ドル)の見舞金を支払っている。この支払われている分については、今度の法案で定めてある請求権の額から差引いてある。
また、日本政府が支払った請求権については、今度の割当資金から支出してはならない旨、特に規定してある。見舞金支払いの際、日本政府は、琉球人請求者達が米国から請求権に対する補償を獲得することに成功したら、その金額を返済するように定めたが、これは、日本政府の一方的な行為であり、米国政府は、これに同意を与えていない。
この法案によって、補償されるべき請求権は、最近では一九六〇年に高等弁務官の諮問機関である諮問委員会の琉球側委員が、補償を求めた包括的な嘆願書を弁務官に提出した。米国がこのような請求権に対して法的責任がないということは認めながらも、高等弁務官は、事案の法的妥当性のみに頼った過去の政策を修正するという見地から、問題全体を再検討し、かつ又、米国が衡平と道徳的責任の相対的な配慮にもっと留意して欲しいと勧告して、この嘆願書を陸軍省に進達した。
高等弁務官のこの問題の再検討を求める勧告は、陸軍省に好意をもって受けとられた。そこで陸軍省は、国防省の承認、国務省及び予算局の同意を得て、高等弁務官に対し、琉球人の請求者、その代表者及び琉球政府との討議を含め、琉球における講和前補償問題をつぶさに審議するよう指示した。
この趣旨の声明が、一九六一年四月六日、高等弁務官により発表された。同声明の中で高等弁務官は、このことは彼が、この請求権支払いの法的責任ないし約束を引き受けるということではない旨述べ、更に米国は、琉球の施政権者として、琉球の住民の福祉に関心をもっているから、この請求を審議するのであると言明した。
以前この声明は、前もって、上院議長、下院議長、上院及び下院の関係委員会の委員及び一部上院議員及び下院議員の手元に配られた。
その後、高等弁務官は、審議する機関として、琉米合同委員会を設置し、その米国側委員は、彼自身が任命し、琉球側委員は、琉球政府行政主席が任命した。
委員会は、以前、極東の他の地域の住民が、米国に対して提出した請求権を審査する際に案出され、相当成功裏に適用された衡平な基準に従って、本件のあらゆる証拠を取り調べ、審査をなした。委員会は検討を完了し、一九六二年三月二十三日、全会一致をもって高等弁務官に答申した。高等弁務官は、委員会の答申を検討し、一九六二年十月十六日、陸軍省あて進達した。
高等弁務官は、委員会の結論を支持し、要請された支払い権限を得るにつき、議会の承認を求めるべく適当な処置をとるよう勧告した。この立法要請は、委員会における検討及びそれについての高等弁務官の勧告の直接の帰結である。
この提案と同一の目的をもった法案が、議員提案により、第八十六及び第八十七議会に提出されたが、立法化されなかった。井上上院議員より、同じような法案(S・二七〇)が第八十八議会に提案され、現在、上院外交委員会に付託されている。
ここに要請された支払いは、米国が琉球における施政権者として、琉球住民の福祉に関心をもっているということから、十分に理由のあることと思料される。この請求権の支払いがなされたら、請求者達が、施政権者である米国政府に頼みこまざるを得なかったという明白な不衡平に対する有効な救済となろう。それはまた、琉球住民が、米国政府のフェアプレー及び衡平の精神に対し、尊敬心を増すことにより、そしてまた、世界各地における米国のやり方を如実に示すことにより、米国の国家安全という面をも向上させることになるだろう。
米国の法的立場は、全く明白である。しかしながら、前述のように、条約第十九条により、これら請求権に対する我々の責任が免除されているという理由で、何の瑕疵もない請求者達が、他の被占領地域における慣行と異なり、七ヵ年もの占領期間中の補償を受けていない事実は、今ここで衡平な調整を求める情勢にきている。
本件を議会に送付するにあたり、行政府では、この問題はこの見地から考慮されるべきであると信じている。この問題は、根本的には法的責任がないとしても、条理上の要求に応じて行動すべきだという倫理的命令にかかっている。同法案を検討するに際しては、この点を骨組みにしていただきたい。
高等弁務官に提出された前述の嘆願書に示されているように、本件における当初の請求権の総額は、四、三〇〇万ドルであった。しかし、合同委員会による審議の結果、妥当と認められた請求権の総額は、二、二〇〇万ドルに削減され、この額は、高等弁務官によって承認された。その内訳は、次のとおりである。
- 人身死傷
八〇〇、〇〇〇ドル - 土地借賃(一九四五〜一九五〇年)
一五、〇〇〇、〇〇〇ドル - 原状回復費
二、〇〇〇、〇〇〇ドル - 水利権
五〇、〇〇〇ドル - 財産損失、農作物等
三、六五〇、〇〇〇ドル
もし、この法案が立法化されると、この額の大部分は、一年間で支払われるものと予想される。この額は、国防省ないし陸軍省が、予算獲得のため提出した他の琉球関係予算の見積には含まれていない。
要請された支払いは、高等弁務官が定める監督の下で、琉球政府がこれにあたり、このための人員の増加または、人権費の追加はないものと予想される。高等弁務官府で予期される、極く些細な一般事務費の増加は、国防省への他の割当資金でまかなわれる。
このエールズ陸軍長官の法案と勧告書は、提出後、六日目の一九六四年(昭三九)八月三十一日に受理され、下院外交委員会に付託された。そして九月八日には、フルブライト外交委員長、ハワイ選出のダニエル・井上、ハイラム・フォンの三上院議員共同提案として上院に提出された。しかし、同法案も、大統領選挙や議員選挙があったため、第八十八議会では本格的な審議をみることができなかった。
一九六五年(昭四〇)一月十五日、エールズ陸軍長官は、同法案を下院あて立法勧告した。法案は、フルブライト上院議員と井上上院議員が、上院共同決議案第三十二号として、上院に提案(一九六五年一月二十二日)、一方、下院には、スパーク・松永下院議員が提案した。こうして、ようやく審議段階に入ったが、審議中には、補償反対の強い意見も出た。
当時の議事録(下院)から、グロス下院議員の反対意見を紹介する。
ブルームフィールド氏
委員長、私は、アイオワ州の同僚(グロス氏)に五分間演説を譲る。
グロス氏
委員長、当政府は、これらの沖縄人に対し、何等の義務をもたないという理由で、私はこの決議に反対する。もし、彼等にお金を支払わなければならないとすれば、それは日本人によってなされるべきで、米国がやるべきではない。
確かに、我々は琉球の経済を維持している。何故なら、住民達は、我々が巨大な軍事施設を維持するために、現地で使っているお金で生活しているからである。
もし、義務があるとすれば、それは日本が負っているのだ。私は、米国が第二次大戦中、琉球を占領するために要した程の人命をかけて領土をとった例は、他の太平洋地域にはないものと確信している。憶えているだろう。ここは日本の領土だったのだ。ここは日本が管理していたのだ。何千、何万ものアメリカ人が、琉球人や日本人に殺されたのだ。
つい一ヵ月前も、数千人の沖縄人が、日本の支配への復帰を要求し、米国を攻撃しながらデモをしている。それでも我々は、今日ここで我々の過去の情けに対して、何の感謝のしるしも見せないこれらの人々に、さらに、二、二〇〇万ドルもの金をやることを求められている。これは、フィリピンの件とは別物である。フィリピンは第二次大戦当時、我々の同盟国であった。しかし、沖縄は我々の敵だったのである。
私は再び問う。今日我々は、彼等に何の義務があるかと。我々は毎年、沖縄において、直接雇傭を施し、また、この人達に間接的な収入をもたらした。数百万ドルに次ぐ数百万ドルを費消することにより、沖縄の経済、それも、彼等の標準からすれば、たっぷりの経済を与えて来ている。何故我々は今、さらに、二、二〇〇万ドルもの金を使わなければならないか。一体、何の理由でだ。
この件について発言をなした者は、我々の納税者の金から、二、二〇〇万ドルも支出するに妥当な理由を示したものはいない。先のフィリピン請求権補償法案に正当な理由はあったとしても、本件目的のため、二、二〇〇万ドルを支出する正当性は全然存在しない。
再び言うが、これらの者たちは、我々の敵だったのである。数千数万というアメリカ人の人命が、沖縄人及び日本人を降伏させるために、沖縄だけで失われたのである。これらの人達に行く補償があるとすれば、日本人が、とうに履行して然るべきで、米国がなすべき筋合いのものではない。
最近、沖縄人がなした反米デモの事実から見て私は、この決議が、審議の対象にされているということに、むしろ驚いているのである。それともデモは、議会に圧力をかけて、二、二〇〇万ドルを払い出させる目的のため、かけられたとでも言うのか。こうしたやり方こそ、全くあまりにも数多くの国が、アメリカの納税者のポケットに奥深く入り込んで行くのに用いる、いつもの"手"のように思える。一体、政府はいつまで、このような戦術に、途をゆずり降伏する気でいるのか。
委員長、私は、この地域を取り保有するために戦い、戦死し、または、生存しているアメリカ人との約束を守る上からも、この決議案にある薄っぺらの口実のもとに、二、二〇〇万ドルを、ただ、くれてやるということに、今、賛成するわけにはいかない。
以上は、ワシントン在のヘメンディンガー弁護士から、補償獲得期成会に送られた資料(議事録)の一部だが、同弁護士は、同封の書簡で「グロス下院議員の演説(ミズーリ州のジョーンズ議員も同調している)が、大変不愉快なものであることに気付かれると思う。この種の議論は、我々が一九五八年に、請求権問題を手がけた当初から予想されていたものである。」と述べている。
補償法案は、以上のような一部(少数)の反対意見はあったが、大筋では順調な進展をみせ、上院では、一九六五年(昭四〇)八月十一日の本会議で承認された。ところが、下院外務委員会極東小委員会では九月八日、法案の一部を修正(①補償に関連して、一人の弁護士の受ける報酬は、総額の一パーセント以内とする ②私人に対する補償は認めるが、市町村に対する補償は認めることができない)して本会議に上程、下院本会議もこの委員会案を承認した。
補償獲得期成会では、市町村の補償要求額九八万ドルを削除することに大きな不満を示し、市町村会と緊急打ち合わせを行い、へメンディンガー弁護士、松永、ザブロッキー下院議員に、原案復活を電報で要請するほか、市町村においても、各議員あて、原案どおりの承認可決を要請したが、結局、その要請は認められず、市町村への補償はついに実現をみなかった。
補償法案に対して、上院と下院の間にくい違いが生じたので、調整した結果、上院は一九六五年(昭四〇)十月十三日、下院案を可決し、これを上、下両院の合同決議として、大統領に送付した。

