一般社団法人沖縄県軍用地等地主会連合会(土地連)

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土地連の歩み-通史編

第三節 軍転特措法制定までの経緯

一 はじめに

長年の懸案であった軍転特措法は、一九九五年(平七)五月九日、衆議院本会議で可決したのに続き、五月十九日、参議院本会議においても全会一致をもって可決成立した。

同法律の正式名称は「沖縄県における駐留軍用地の返還に伴う特別措置に関する法律」で、同年五月二十六日に法律第百二号として公布され、六月二十日から施行されている。

同法律は、一般的に「軍転特措法」と呼ばれているが、これは一九七八年(昭五三)十一月、当時の県政(平良幸市知事)において、県要綱に基づく法案の名称を「沖縄県における軍用地の転用及び軍用地跡地の利用促進に関する特別措置法」(略称・軍転特措法)としたことによるものである。

制定された同法律は、議員提案によって立法化されたこともあって、内容的に十分満足できるものとは言い難いが、沖縄県の特殊事情に鑑み、駐留軍用地の返還に関し「特別措置」が講じられることとなった意義は、極めて大きいものがある。

特に、沖縄県軍用地等地主会連合会(土地連・会員約二万八、〇〇〇人)においては、かねてから、「軍用地等の返還にあたっては、返還方法並びに跡地の有効利用について法的施策体系による特別措置」の要請を続けてきただけに、これで「返還による地主の不安や経済的損失は解消される」として、同法制定を一様に歓迎し、高く評価した。

法律制定までに実に、約一七年の歳月を要し、その間、紆余曲折を経てようやく日の目を見ることになったが、その経緯の概要について、以下、述べることにする。

二 県要綱案の作成

沖縄県においては、軍用地転用及び軍用地跡地の有効利用に関する重要な事項を調査、審議するため「沖縄県軍用地転用対策審議会」を一九七八年(昭五三)四月一日に設置し、会長に山里将晃氏が就任した。

県から諮問のあった「沖縄県における軍用地の転用及び軍用地跡地の利用促進に関する特別措置法(仮称)案要綱」について同年十一月二十八日に同審議会から答申があり、県は、翌日の二十九日、庁議において答申を了承するとともに「県要綱案」とすることを決定した。これを契機に、いわゆる「軍転特措法」の立法要請が始まったのである。

土地連においても、理事会、地主会長会で検討した結果「県要綱案」の内容に若干の問題点はあるが、大筋において了承できるとして、立法化の推進を図ることになった。

この軍転特措法案(県要綱)の内容を見ると、第一章の総則で、法律の目的として次のようにうたわれている。

「この法律は、恒久平和を保障する日本国憲法の理念にのっとり、戦後長年にわたってアメリカ合衆国の軍事施政の下におかれ、本土復帰後も引き続き広範かつ大規模な軍用地の存在を余儀なくされ、社会経済等のあらゆる分野で、多大の犠牲を強いられてきた沖縄県の歴史的社会的な特殊事情に鑑み、沖縄県の区域に存在する軍用地の整理縮小に関する基本方向を明らかにし、軍用地の平和利用への転換施策を確立して、軍用地及び軍用地跡地に係る生活環境及び産業基盤等の整備に関する総合的かつ計画的な対策を実施するために必要な特別措置を講ずることにより、基地依存経済から脱却して、自立的発展の基礎条件を整備し、もって、地域の均衡ある発展と住民生活の安定及び福祉の向上をはかることを目的とする。」

そのほかに、用語の定義、国の責務、県及び市町村の任務、土地所有者等の協力について定められている。

第二章の軍用地の返還では、軍用地の整理縮小に関する施策、軍用地の返還方法に関する特例、第三章の軍用地跡地利用計画では、軍用地跡地利用計画の策定、第四章の軍用地跡地の利用促進では、地籍の確定、跡地利用促進事業の推進等、跡地基盤整備事業に関する補助の特例、公用又は公共用への利用促進の特例、地方債の特例、国有財産の譲与等、資金の確保等、土地の譲渡に係る所得税の軽減等、不動産取得税及び固定資産税の軽減、第五章の審議会では、軍用地返還計画審議会、軍用地跡地利用対策審議会、第六章の雑則では、軍用地への立入議会、軍用地跡地利用促進についての配慮、関係法令の改正等、経過措置、政令への委任等の措置を講ずるよう、全文で六章、二四の条項から作成されたものとなっている。

この県要綱案にもとづき政府、国会及び各政党に対し、特別措置法案の早期制定方針を要請したが、その後、県政が革新から保守に変わり、西銘知事が「必要な特例措置は沖振法延長の際に盛り込む」との方針に転換したため、この県要綱による特別立法の成立は見送られることになった。

三 議員立法の提案

一九八〇年(昭五五)三月十二日、社会党の上原康助代議士が中心になって「沖縄県における駐留軍用地等の返還及び駐留軍用地跡地等の利用の促進に関する特別措置法案」(軍転特措法案)をまとめてその内容を発表した。これは革新県政時代の県が政府に特別立法を要請した軍転特措法案要綱を踏襲したものである。

同法案では「沖縄の駐留軍用地等の整理縮小に関する基本方針を定めると共に、駐留軍用地等の返還及び跡地利用の総合的かつ計画的な有効利用の促進に関する特別措置を講じ、住民生活の安定及び福祉向上に資することを目的とする」としている。

その内容では、軍用地の整理縮小と跡地の有効利用での国の基本方針と責務を明確にさせ、防衛施設庁長官に対しては、軍用地の「返還実施計画」の策定を義務づけている。

さらに、国の財政措置については「国は跡利用促進事業の実施に必要な財政上の措置を講ずるよう務めなければならない」とし、跡利用に必要な時は、国有財産を地方公共団体に無償または低額で譲渡、貸し付け、地方債の特例、公共に供する土地譲渡の所得税軽減など、国の責任と財政措置による返還促進と跡利用を特徴としている。

また、軍用地料については、返還後三年を補償し、その後の損失も配慮すること、跡利用のための財政措置は既存の法律の補助率で一〇分の一〇以下については、その補助率の一二〇パーセント増にすることーなどを規定している。

社会党は、公明、共産、民社との調整を経て、一九七九年(昭五四)十二月二十一日招集の第九十一国会へ議員提案をすべく、共同歩調を呼びかけたが、基地問題に対する考え方の相違で、民社党は同調せず、共産党は、安保条約に対する決定的な相違点があることから基本的に受け入れられないということで、共同提案は見送られることとなった。

一方、共同提案者となった公明党の玉城栄一代議士は「党の政策的問題でひっかかりがあっても、二次振計や県民の立場を考えると、何らかの形で返還促進と跡利用を実現させないわけにはいかない」と軍転特措法の早期成立の必要性を強調し賛同した。

軍転特措法は、一九八〇年(昭五五)四月二十三日に社会、公明両党共同により、議員立法として衆議院へ提出された。これが、第一回目の提案である。しかし、翌五月に衆議院が解散されたため、審議未了のまま廃案となった。

一九八二年(昭五七)四月十四日に再度、社会、公明両党共同で軍転特措法案が議員立法として衆議院へ提案された。同法案は、二年前の第九十一国会でも社会共同により提案されたが、廃案となっており、今回会の提案は二度目である。

この法案は、軍用地の早期返還と跡地利用の促進を目的とし、全文二十二条から構成されている。

提案された軍転特措法案の主な内容は①国は駐留軍用地等の整理・縮小の基本方針を明らかにし、
①返還軍用地の総合的かつ計画的な有効利用の促進
②整理縮小に関する基本方針と目標の閣議決定
③返還実施計画の策定
④有効かつ合理的な土地利用が可能な措置
⑤跡利用計画は、基本計画と市町村計画に区分する
⑥跡利用計画に基づく事業に対する国の財政的補助、税の軽減措置
など国の責務を明確にしたうえ、土地所有者の立場にも配慮したものであった。

提案理由の中で上原代議士は、復帰一〇年目の今日でも、全国専用施設の七五パーセントの基地が沖縄に集中していること、返還軍用地の有効利用ができず、沖縄振興開発に著しい支障をきたしていることなどを指摘し、政府の適切な措置を求めた。しかし、今回も政府と自民党の反対で、審議未了のまま廃案となった。

四 土地連、軍用地跡利用で特例措置を要請

土地連においてはかねてから、軍用地の返還方法並びに跡地利用に関する特例措置の必要性を訴えてきているところであるが、一九九〇年(平二)六月二十九日、徳元会長ほか役員一六人は、県庁に西銘知事を訪ね「三〇日前に返還される現在の国との契約では、跡利用計画が策定できず、軍用地主の損失は避けられない」として、跡利用事業が実施できる状態で返還する特別立法の制定について県のバックアップを要請した。

具体的には
①返還時期、位置、規模、原状回復の方法、跡利用事業について地主と市町村、県が協議する
②地籍の確定
③跡利用事業が可能な状態で返還
④周辺の状況から土地区画整理事業や土地改良事業が必要な場合は事業実施後に返還
⑤国が事業費と事業完了までの間の補償を負担する
という内容であった。

これに対し西銘知事は「県として前向きに取り組みたい」と答え、返還地の利活用、活用のための措置は重要で、地主の意見が反映されるべきだとの認識を示した。

さらに、土地連徳元会長ほか理事ら代表は、一九九一年(平三)三月十二日、革新県政となった大田知事を訪ね、
①返還軍用地の跡利用に関する特例措置
②返還後の跡利用計画の策定
を柱とする要請を行った。

これに対し大田知事は、「基地問題は戦後最大の問題」との認識を示した上、「基地返還については、地主に不利益を生じないよう国の責任に基づく特別立法の措置を国に要請する」と説明、国への要請内容として
①地主、市町村の意向を受けた計画的な返還
②公共事業の促進など行政上の措置
③地主への適正補償
などとすることを明らかにした。

ところが同年三月三十一日、沖縄開発庁の谷津一長官は県内視察を終えて帰任を前に那覇空港で記者会見した際、県が国に対し制定を要望している軍用地転用特別措置法(軍転特措法)について、現在、沖縄は振興開発の上で高率の補助があることを指摘し、「特に取り上げてやる必要はないのでは」と消極的な見解を示した。

谷津長官は、軍転特措法の問題は防衛施設庁の問題で、私の立場で言えない面もあるが、と前置きしつつ「開発庁としても米軍基地について重大な関心をもっている」と述べた。

だが「振興開発について本土と比較すると、沖縄は大幅な補助率で、本土とは違った立場でやっている。今のままでいいのでは」と語り、軍転特措法の制定ではなく、返還軍用地の跡利用対策は、従来からの高率補助を運用していくべきとの考えを示した。

この谷津長官発言に土地連は不満を表明した。「現実に跡利用の遅れなど不利益があり、特別立法は必要」と、改めて軍転特措法の制定を要望した。

さらに、土地連は「返還された軍用地は、跡利用までに十年から二十年の長期間を要し、その間、地主には何の補償もなされていない。その現状から特例措置を要請しているのであり、特措法に否定的な長官の発言は不満」と述べた。同土地連は先月、県や関係機関に「返還後、遊休期間の適正補償」など特例措置を求める要請書を提出したばかりで、納得しがたいと批判した。沖縄開発庁、防衛施設庁にも同様な要請をしたばかりで、納得しがたいと批判した。

一方、県は、先月上京した際に、大田知事が防衛施設庁に「地主に不利益を生じない特別措置を講じてほしい」と軍転特措法の制定を要請しただけに、谷津長官の発言にとまどいを見せていた。また、上原康助代議士もこの谷津長官発言にカンカンに怒り、「軍転特措法の早期制定は、党派を超えて県民の多年の願いである。これを沖縄開発庁長官が否定するのは断じて承服しがたい」とこの日に抗議文を郵送した。

これに対し谷津一沖縄開発庁長官は同年四月二日、午前の閣議後の記者会見で、沖縄での「軍転法不要」発言に触れ「(発言は)払い下げ(返還)を受けたものは、現在でも高額の補助金で(跡地利用を)行っているので、新しい法律をつくる必要はないとの見解を述べたもの」と説明。「新しい法律」という表現が「軍転法」を指したものではなく「開発庁として別の法律をつくる必要はないという意味」の発言であることを強調した。

五 議員立法、三度目の提案

社会、公明、共産、進歩民主連合の野党各党・会派は、一九九一年(平三)四月二十四日、沖縄の米軍用地の返還と跡地利用促進、地主への経済補償を盛り込んだ「軍転特措法案」(沖縄県における駐留軍用地等の返還及び駐留軍用地跡地等の利用の促進に関する特別措置法)を衆院に共同提出、受理された。この種の法案で、四野党・会派が共同提出するのは初めてである。

今回の法案は、政府の責任で米軍基地の整理・縮小の基本計画を策定するほか、跡地利用計画を国の財政的措置で行い、さらに跡地利用できるまでの間の地主への経済的補償を求めているのが特徴。過去二回、この種の法案は社会、公明で共同提出されたが、いずれも審議未了で廃案になった経緯がある。

今回、社会党の上原康助代議士が案をまとめ、玉城栄一代議士(公明)、古堅実吉代議士(共産)の県選出議員に働きかけ各党間で調整が行われ共同提出となった。

同法案には、上原代議士ら県選出議員のほか、内閣委の社公共三党理事に加え、進歩民主連合の菅直人代議士ら八人が共同提出者となった。同法案は、議員立法として三度目の提案である。

院内で行われた記者会見で、上原代議士は「法案は最大公約数的にまとめ各党の協力をもらった。来年は復帰二十年、また地主の契約更新をひかえ今国会に提出したことで、県内世論の盛りあげ基地整理・縮小に何らかのはずみがつき、刺激になる」と語った。

玉城代議士も「法案は完全ではないが、同法案をもとに基地の返還、跡地利用計画促進等のベースとして、ひとつのきっかけになるのでは」と述べた。

さらに古堅代議士は「米軍基地は振興開発計画に最大の障害になっている。返還促進は沖縄にとって切実な願い。法案は細部で問題が残るが力をあわせてやるのが県民の願い」と語り、各氏とも法案の成立に一致協力することを確認した。

この軍転特措法については、大田知事が国に対して法制定を求めているほか、県の三次振計大綱においてもその必要性をうたっている。それだけに、県は今回の共同提案を評価し、全面的にバックアップする姿勢をみせた。

六 県要綱案を見直し

県は米軍用地の返還や跡地利用に関する特別立法の制定を国に要請しているが、この特別立法に盛り込む内容について、一九九一年(平三)六月二十五日県軍用地転用対策審議会(会長・前田朝福)に諮問した。

同審議会に諮問された軍転特措法(仮称)案の要綱(案)の要旨は次のとおりである。

(目的)
駐留軍用地の返還およびその跡地の総合的かつ計画的な有効利用を促進するために必要な特別措置を講じ、県土の均衡ある発展と住民の安定および福祉の向上に資することを目的とすること。

(国の責務)
国は、駐留軍用地の整理縮小の促進を図るための必要な施策の実施に努め、返還およびその跡地の総合的かつ計画的な有効利用を促進するために必要な措置を講じなければならないこと。

(返還の実施)
国は、返還が合意された駐留軍用地について、速やかに、返還実施計画を定め、計画的な返還に努めなければならない。

(返還する場合の措置)
国は、駐留軍用地を返還する場合においては、所有者等の同意を得て、沖縄県および関係市町村の跡利用に関する計画に即し地域の自然的、社会的、経済的および文化的諸条件に応じた合理的な土地利用が図られるよう必要な措置を講ずるものとする。

(総合整備計画)
関係市町村長は、国土利用計画法による市町村計画などに即し総合整備計画を定めるものとする。この場合、市町村長は土地所有者等の意見を聴くとともに沖縄県知事に協議しなければならない。

(国の負担または補助の割合の特例等)
総合整備計画に基づく事業のうち政令で定めるものに要する経費について、国が負担し、または補助する割合については、当該事業に関する沖縄振興開発特別措置法その他法令の規定にかかわらず、政令で特別の定めをすることができる。

(国有財産の譲与等)
国は、政令で定めるところにより、国有財産を関係地方公共団体等に対して、無償または時価より低い価格で譲渡し、または貸し付けることができる。

(土地所有者に対する損失補償)
国は、駐留軍用地の返還日の翌日から起算して政令で定める期間につき、土地の所有者等が当該土地を利用できないことによる経済的損失について、政令により算定した額を支払わなければならない。

県のこの要綱案について、土地連としては、これまで軍用地の返還方法と跡地の有効利用について県や国に「法律的な施策体系による特別措置」を要請してきた経緯があることから、「大筋で地主の意向が盛り込まれていると思う」と評価した。

同対策審議会は一九九一年(平三)八月六日に第三回会議を開催してこれまでの審議を踏まえて、全会一致でおおむね妥当との結論となり、この日で同要綱案の審議は終了した。

だが、審議の中で各委員から、自衛隊基地の取り扱いについて同法案の中に含むべきかどうか、賛否両論の意見が出された。

その結果、自衛隊基地についてはその成立過程において、米軍用地と何ら変わりはなく、法案に盛り込むべきとの多数の意見があり、この点について検討し配慮するよう付帯決議を添えて、知事に答申することになった。これにより審議会は知事に答申する際、法案の中で「駐留軍用地等」とし自衛隊基地も含まれるような表現とすることになった。

また、地主に対する補償期間や補償額については、政令事項でなく、法律事項として定める必要があるとの意見もあり、その検討も求めることになった。

さらに、審議の最中、県が変更した「目的」についても委員の中から意見が出たことから、当初の表現に近い意見を添えて合わせて答申することになった。

七 軍転特措法の県要綱案を決定

県は一九九一年(平三)九月四日開かれた庁議で、去る八月十二日に県軍用地転用対策審議会の答申を受けて軍転特措法県要綱案を正式に決定した。

庁議決定された県要綱案は、同審議会へ諮問した原案と基本的に同じ内容となっており、審議会が付帯意見として要望していた「自衛隊基地」を法案対象に盛り込むよう配慮すべきとの考え方は、結局、採用されなかった。

県の軍転特措法要綱案の対象に自衛隊基地を含めなかった理由について、庁議後、要綱説明を行った大城知事公室長は「当面、広大な米軍基地の返還や跡利用に焦点を当てていこうというもので、自衛隊基地は面積も小さく、地主の返還要望も米軍基地に比べれば小さい」と述べた。

また、跡利用までの地主の補償額については土地連など地主会側は法律本文に規定すべきと要望していたが、要綱案は原案通り政令事項として処理した。この点について大城公室長は「立法技術で対応できる」との見解を示した。

庁議決定された要綱案の正式名称は「沖縄県における駐留軍用地の返還及び駐留軍用地跡地の利用の促進に関する特別措置法(仮称)案要綱(案)」とすることになった。

内容は六章一六項目と、六項目の政令で定める事項からなっている。

この要綱案は、地域振興を阻んでいる軍用地返還の遅滞や返還軍用地の長期遊休化を打開しようと、徹底した現行制度や法体系の検討の結果、沖縄県としての要望を盛り込んだ内容である。

すなわち、軍用地の整理縮小や返還軍用地跡利用の施策・措置で国の責任の明確化、計画的返還などを「返還する場合の措置」として規定。立入調査・国の負担、補助の特例、国有財産の譲与、土地所有者に対する損失補償など詳細な項目にわたった。

現在、地主の間で不満が強い返還予告期間は、国に米国と返還が合意された軍用地について返還実施計画の策定による計画的返還を義務付けることにより解決を図った。

国の返還実施計画には返還時期を定め、その策定には県や市町村、地主の意見を反映させるシステムを取っている。

したがって、要綱県案がそのまま立法化されれば、遊休化およびその損失など地主の不安による返還遅滞という現状は、大幅に改善されることになる。

ただ、計三回開かれた県軍用地転用対策審議会で出された意見、議論、答申に付された付帯意見がことごとく退けられた。

審議会では立法自体が困難だから国が受け入れやすい実効性に重点を置くべきだとの主張と、国への要望だからなるべく多くの意見を盛り込むべきとの主張があったが、県は最終的に前者を選択した。

自衛隊基地を除外、補償額などを政令事項にしたのも“実効性”が働いたと思われるが、県民全体のコンセンサスを得る点で問題があったと言わねばならない。

八 法案は継続審議後、衆議院解散により廃案

去る一九九一年(平三)四月二十四日に、社会党の上原康助代議士はじめ公明、共産、進歩民主連合の四野党、八議員が衆院に共同提出し、内閣委に付託されていた軍転特措法案は、今臨時国会(一九九一年)で趣旨説明が行われ、審議される見通しだったが、自民党が難色を示し、めどがたたぬまま継続審議となった。

共同提案の野党で検討した結果、沖縄県にかかわる軍転特措法案については、沖特委で審議した方がいいとの結論に達し、今回沖特委へ付託されることになった。

中心になって法案をまとめた上原康助代議士は「くしくも伊江朝雄沖縄開発庁長官の誕生と重なった。特別措置法の必要性は自民党も認めている。沖縄のために超党派で制度化を勝ち取りたい」と期待を述べた。

先に、社会党など野党四党が共同提案した軍転特措法は、一九九一年(平三)四月内閣委員会に付託されたが、その後、沖特委へ付託替えされ、さらに、一九九二年(平四)六月十九日、安全保障委員会へと二度目の付託替えとなった。

共同提案者の共産党の古堅実吉代議士は「法案のたらい回しで、廃案に追いこまれる可能性が高くなっている。自民党、公明党による数の暴挙だ」、また、社会党の上原康助代議士も「暴挙は絶対に許さない」としてあくまで沖特委での審議を主張し、付託替えに強い不満を表明した。

なお、継続審議になっているこの法案に対し沖縄開発庁の伊江長官は、那覇市において記者会見し「沖縄の米軍基地は日米安保条約の機能を維持するためには必要であり、その全面返還を求める野党の法案には反対である」と改めて従来どおりの長官見解を表明した。

野党共同提案の「沖縄県における駐留軍用地等の返還及び駐留軍用地跡地等の利用の促進に関する特別措置法案」(軍転特措法案)は、付託委員会の所管をめぐって紛糾してきたが、ようやく沖特委で審議が決まり、一九九二年(平四)十二月八日、趣旨説明が行われた。

趣旨説明は、社会党・護憲民主連合、公明党・国民会議、共産党を代表して、上原康助氏が行った。

その中で、上原氏は「広大な沖縄の米軍基地の整理縮小に関する基本方針を策定し、返還される跡地利用を促進していくための特別措置を積極的に講じるというのが同法案の趣旨である」。そのために、国が整理縮小の基本方針を明確にし、その責任で跡地等の総合的かつ計画的な有効利用促進の措置を取ることや、返還に当たっての地主への補償(返還遅延金)措置などが盛り込まれている旨、説明した。

しかし、実質審議は、次回国会以降に持ち越されることになったが、その後、一九九三年(平五)六月十八日に衆議院が解散されたため、すべての法案は廃案となった。

九 与野党共同による四度目の提案

一九九四年(平六)六月二十三日、「沖縄県における駐留軍用地の返還及び駐留軍用地跡地の利用の促進に関する特別措置法案」(軍転特措法)が、自民党の賛同が得られないまま、新生党など連立与党と社会、共産、新党さきがけの議員立法による共同提案として、今国会へ提出された。議員提案は、今回で四度目となった。

同日、土井衆議院長あて同法案条文、要綱、提案理由などを提出した社会党上原康助代議士と新生党の仲村正治代議士は、院内で記者会見した。

法案提出について、上原氏は「沖縄県が策定した要綱案に基づいて、仲村氏と密接な連携を取りながら、作業を進め、慌ただしい状況の下で提出にこぎつけた」と強調した。

また、仲村氏は「戦後処理の一環として国にやってもらわなければならない仕事である」と述べた。

さらに、自民党が提出、賛成者から抜けたことについては、両氏とも「一緒になって共同提案すれば、確実に成立となったが、緊迫国会のため、了承を待たず提出を急いだ。今後、審議を通して、理解と協力を誠心誠意働きかけていきたい。提出した以上、成立を目指す」と決意を表明した。

議員立法による提出者は、社会党から上原氏のほか、前島秀行氏、土肥隆一氏、新生党の仲村氏、公明党の長内順一氏、日本新党の矢上雅義氏、民社党の小平忠正氏、さきがけの鳩山由紀夫氏、共産党の古堅実吉氏の九人によるものである。

十 自民、法案の修正を要求

自民党は、一九九四年(平六)十二月一日、軍転特措法に関する沖縄振興委員会と外交、国防両部会の協議を再開し、修正案の骨格をまとめた。関係会議は谷洋一沖振委員長代理を座長に県選出、出身国会議員、西銘順治、宮里松正、伊江朝雄、大浜方栄の四氏も出席して開かれた。地主への補償措置では「最低三年の返還予告期間が必要、予告義務が履行できないときは補償するのが当然だ」(宮里)、「返還後も長年、跡利用計画が策定されないため地主は地料もらえず、事業もできない例がある」(西銘)と力説した。これに対し、防衛施設庁は「返還地に地料相当額を支払う法的根拠がない」として抵抗したが、自民党議員らは政治判断の必要性で一致した。法案の柱となる部分については尊重し、調査・測量権などとともに原案を通す形となった。 しかし、法律の名称ほか条文の目的、国の責務などに明記されている「軍用地の計画的返還」などの表現は削除。総合整備計画に基づく事業の補助率アップ、軍用地跡利用基金、国有財産の譲与などについても現行法令での対応が可能と判断し削除した。

軍用地に関する「整理縮小」の表現については意見が分かれたが、これを残す代わりに、安保条約の円滑な実施をさまたげない趣旨の条項を盛り込む方向で調整を図ることになった。


 

関 係 条 文 自民党修正対応案
(法律の名称)
沖縄県における駐留軍用地の返還および
駐留軍用地跡地の利用の促進に関する特別措置法
沖縄県における駐留軍用地跡地の
利用の促進に関する特別措置法
(国の責務)
○第3条 国は、駐留軍用地の整理縮小の促進に努めるとともに、
駐留軍用地を計画的に返還し、および駐留軍用地跡地の総合的かつ
計画的な有効利用を促進するために必要な措置を講じなければならない
(国の責務)
第3条 「整理縮小の促進」の文言を残すかわりに、
「駐留軍用地を計画的に返還」の部分を削除する。
○第8条(駐留軍用地を返還する場合の措置)
返還跡地で土地区画整理事業を施行する場合、国は所有者に対し、
3年を超えない範囲内で賃借料を基準として算定した額を支払う等
第8条
国は、駐留軍用地を返還する場合において、3年前に予告すること。
予告されない場合は国は所有者に対し、
3年を超えない範囲内で賃借料を基準として算定した額を支払う等
○第9条(調査及び測量)
国は、知事等が駐留軍用地で調査及び測量を行う必要があると
認めるときは、必要な援助を行う
第9条
原案を認める
○第13条(国の負担又は補助の割合の特例等)
総合整備計画に基づく事業について、
負担補助の割合の特例及び予算補助を設けることができる
第13条
削除
○第16条(駐留軍用地跡利用基金)
国は関係市町村・土地開発公社に対して公共用地の取得に
要する資金の貸し付け等を行うため沖縄県が基金を設置するときは、
必要な財政上の措置を講ずる
第16条
削除
○第17条(国有財産の譲与等)
国は、総合整備計画の実施上必要があるときは、
関係地方公共団体等又は駐留軍用地所有者に対し、
国有財産を無償・低額で譲渡・貸し付けができる等
第17条
関係地方公共団体等又は駐留軍用地所有者に対し、
国有財産を無償・低額で譲渡・貸し付けができるとした
原案の第1項、第2項は削除する

 


 

自民党は修正案をまとめて、社会党の上原康助代議士らと調整に入った。その中で上原氏は、八条の「地主補償」をはじめとして法案名称、第一条(目的)、第三条(国の責務)、第四条(県、関係市町村の責務)、第九条(調査測量)については「原案通りにしたい」と自民党側に提示していた。

さらに上原氏は、修正案の八項目について見解を示し、第八条の地主補償は「譲れない」と明確にしたうえ、第六条(返還実施計画)、第七条(返還措置)、第十三条(補助率)、第十六条(跡利用基金)、第十七条(国有地譲渡)などについては、調整、協議したいとの意向だった。

一九九四年(平六)十二月六日、提案者側の社会党らと自民党の修正案をめぐる調整が不調に終わったことから、今国会成立を断念、次期通常国会で継続審議とすることになった。翌七日も上原康助社会党副委員長は自民党との調整に努めたが、自社とも残る対立点の「地主補償」に関しての合意は極めて困難な状況になった。

この日の自社会談は自民党本部で行われ、提案者側から社会党の上原康助副委員長、自民党から谷洋一沖振委員長代理、田中直紀外交部会長、大野功統国防部会長らが出席した。自民党が第八条の地主補償に関して「返還予告期間内に限定すること」、「十三条の事業補助率アップを削除すること」―の二点は譲れないと重ねて主張したのに対し、上原氏は「原案の地主補償(返還後、三年間度の補償)を認めるなら十三条の補助率の件は降りてもいい」と妥協点を示したが、自民党は受け入れず、話し合いは物別れに終わった。

会談後、上原氏は「自民党がなぜ八条にこだわるのか理解できない。継続審議となると、沖縄県民のリアクションが大きいことを認識していない」と怒りを込めつつ、高度の政治決着を目指す考えを表明した。谷氏は「誠心誠意まとめようと努力したが残念だ。地主補償の件だけはのめない」と語り、継続審議もやむを得ないとの見解を示した。

今回国会で成立を熱望した県や土地連が「地主補償」に関して最後まで譲らず、継続審議もやむなしと腹を据えたのは、この部分が法案の柱であり、譲歩すれば骨抜きになって議員立法の意味がなくなるとみたからである。それよりは次期国会での審議に望みを託す方がまだいいと判断した。

それほど自社の隔たりは大きく、関係省庁の抵抗も思いのほか強いものがあった。

このことについて土地連は「返還予告期間内での補償」に納得せず、原案で定めた返還後、三年を限度とした補償を求めた。「地主の理解、協力を得られなければ跡利用計画もスムーズに進められない」とした県の判断も踏まえ、社会党の上原康助副委員長は自民党の説得に努めたが、自民党に折れる気配はなかった。

現行制度では、原状回復に必要な三ヵ月間は地料相当額が地主に支払われている。返還合意後、一五日間で米軍が国に返還し返還の三〇日前に国が地主に返還通知するしくみである。この制度では、跡地利用計画が立たないばかりか、都市化が進む地域では返還後、土地区画整理や土地改良事業を導入する間に生じる地主の経済的な損失が大きいことから、原案は、返還前の計画策定期間の確保と返還後の三年を上限とした事業実施期間の地主補償を求めているのである。

自民党の修正案では、「努力規定」として返還予告期間を設定し、地主補償については、返還予告通り返還した場合は返還後の補償はないということである。返還予告期間より返還が遅れた場合は、遅れた期間について通常の賃借料を支払い、また、返還予告内での返還では、当初の予告期限までの地料相当分を支払うということになっていた。

この法案の継続審議が決定したことについて、県選出衆議院議員は「極めて残念」としつつも、次期国会で、さらに詰めの作業を行い、成立させたいとの意向を示した。

自民党の西銘順治、宮里松正の両氏は「詰めてきた議論を踏み台に、互いの立場にとらわれず話し合っていきたい」との姿勢だ。

地主補償について宮里氏は「返還後となると、性格的に見舞金、補償金という形になり、施設庁、財政当局も法理論的に根拠がない、と拒否している。また、見舞金の形だと国がいつでも打ち切ることができる。それよりは、予告期間として地代という形にした方がいい。予告期間でも立ち入り調査できるようにしてある」と述べ、詰めていい形にすればいいとの立場だ。

西銘氏は「自民案ももっと地主の意向に沿った形にしなければならない。継続審議にしたのはいいことだ」と述べた。

上原、仲村の両氏は「返還後の補償」という位置づけは譲れないとの立場だ。仲村氏は「第六条の返還実施計画にかかわる返還予告期間でおよそ三年、それに第八条の返還後三年を限度とする地料相当額でおよそ六年を想定しており、自民案では骨抜きになる」と反論した。

上原氏も「地主補償については自民党が譲ってもらわないと困る」として、あくまで原案を求めた。

古堅実吉氏(共産)は「自民党が骨抜きに近い修正案を投げかけている状況では事を急いで拙速になっても困る。次期国会で原案を基本的に崩さない形で成立させたい」と述べた。

さらに、法案の継続審議をうけて、小里貞利沖縄開発庁長官は「願わくば、三党で詰めていただき、最後のヤマを越えられるかどうか北来た時は、私も手助けできればと思っていたが、今時の場合はそこまで至らず残念である。」「次の通常国会には、必ず“作品”にするべく最善の努力をしたい。みんなが誠意を尽くして、我説を譲歩しあえば、必ず接点があると思う」と述べた。

また、大田昌秀沖縄県知事は「今国会でぜひ成立させたかったが、残念だ。今回の法案は、県のみならず、土地連の意向や基地を抱える市町村の声もよく聞いた上で、法案化されたものであり、その意味では県民総意の法案だった。それが通らなかった。無から有を生むことの難しさを実感する。基地問題に全エネルギーを投入してもなお、達成できなかった。」「今後も沖縄は基地を抱える限り、その対応に県政の大部分のエネルギーを投入していかねばならない。基地を抱える沖縄の実情を国はどう考えているのか、疑問に思う」と述べた。

土地連の砂川事務局長は、同月六日から上京し、県東京事務所などで情報収集した。

「継続審議については聞いていない。八条の調整が残っていることは聞いたが、土地連としては、原案でなくては認められないという姿勢に変りない。(七日に開かれる)自民党三部会合同会議で県選出議員が原案を認めさせてもらえるよう期待している。残された調整に望みをかけている」と話した。

一九九四年(平六)十二月九日、衆院沖特委が開かれ、「軍転特措法案」について社会党の上原康助氏が、法案提出者を代表して提案理由とその概要を次のように説明した。

提案理由(要旨)
一、冷戦崩壊後も小さい狭い沖縄に米軍基地が集中していること
二、広大な基地の重圧が沖縄振興開発の促進を妨げていること
三、返還された軍用地の多くが、有効利用できない状況にあること
四、その間、地主・地権者への経済的補償がなされていないこと
五、沖縄の県民世論は、基地の整理縮小、返還を強く求めてきていること

このような社会的背景から軍転特措法が必要で、その法案の概要は、次のような内容となっている。

法案の概要(要旨)
第一に、国の責務を明確にしていること
第二に、返還実施計画を定め、計画的な返還を促進すること
第三に、駐留軍用地を返還する場合の措置、手順等を明らかにしたものである
第四に、軍用地を有する市町村総合整備計画について定めたものである
第五に、国の負担又は補助の割合の特例等について規定し、付則で、この法律は平成七年四月一日から施行することとし、他の法律関係の整備について定めている。

以上が、本法案の提案理由及びその概要(要旨)であるが、これまでに、沖縄県議会で三度にわたり、「軍転特措法」制定の要請決議が全会一致で採択され、その早期実現は、一二五万県民の総意となっていることを強調した。

なお、来年は終戦五十周年を迎え、この時代の節目に、是非とも沖縄が抱える基地問題を目に見える形で前進させなければならない、と訴えた。

さらに、本案に対して、自民党から修正したい旨の申し入れがあったが、国会の会期末になっての提案であったことから、自民党と提案者である各党間で、重要な部分で合意に至っていないことの説明が行われた。

そして、鈴木委員長に対し、その経緯等もご斟酌の上、次期通常国会で早期に本案の審議が開始され、是非成立を期していただくよう、強く要望した。

これに対し、鈴木委員長は「沖縄の抱える基地の実情、さらに歴史等に鑑み、次期通常国会で可及的速やかに成立を期するよう、委員各位のご協力をお願いする」旨の異例の委員長発言を行い、同法案の成立に向け、真剣に取り組む決意を表明した。

自民党は一九九五年(平七)三月三日、党本部で軍転特措法問題検討委員会を開き、軍転特措法について地元の沖縄県や関係市町村、土地連、自民県連の代表から個別に意見を聴取した。

焦点の地主補償に関して各代表は戦後、米軍によって強制的に接収された沖縄の基地の特殊性を挙げ「関係地主の経済的損失を補償する法の制定は不可欠である。返還跡地での事業開始には最低六年は必要で、返還後三年の補償はぎりぎりの線」(新城馨県土地連会長)、「沖縄の基地問題は最初に強制使用ありきで、現行法の枠でとらえる論議は疑問。国家補償的な見地から措置すべきだ」(吉元副知事)などと主張し、返還後三年の地主補償を規定した原案に沿って党内論議を進めてくれるよう訴えた。

検討委からは「跡利用を決める地元合意形成に年数を要するのはなぜか」「返還後も補償する法的根拠がない。制度的な整合性の問題をどうクリアするのか」などの質問が出た。

自民党県連は、「地主の意向は大事。自民党主導で原案をより(地元にとって)いい内容にしてほしい」と表明した。

これを受けて検討委メンバーから「地元は原案尊重で固まっている。もはや地主の意向を取り上げないわけにいかない。高度な政治判断で法案制定を」(西銘順治氏)など強い要望も出された。

同軍転法問題検討委員会は、一九九五年(平七)三月二十四日、党本部で会合を開き、沖縄の軍転特措法案について地主への返還見通しの通知や返還時の一時金(謝金)支給などを盛り込んだ再修正案をまとめた。また同法を時限立法とすることとしたが、期間については十年か二十年かで意見が分かれ、委員長に一任された。

再修正案は同日、谷委員長らが提案者側の窓口である社会党の上原康助副委員長に手渡し、提案者サイドで中身を検討することになった。

自民党の再修正案は地主補償に重点を置き、返還後三年を限度とする補償を求めた原案を修正し、地料でなく一時金の形で賃借料の三年分に相当する額を返還時に一括して支給することとしたのが特徴である。一時金の性格は謝金とし、所得税法上は一時所得になるとの考えである。

また、原案が補償対象を「公共の要請で土地区画整理事業等が実施される返還地」に限定していたのを見直し、公共事業が導入されない山林なども平等に救済することとした。

地主補償について自民党は昨年、返還後の地料支払いは「法的根拠がない」として難色を示し、返還予告制度の導入で対応することを確認していた。再修正案はこれを変更し、返還後三年の補償を事実上、認めただけでなく対象者を広げたことから地主にとっては前進した内容となった。

ただ、提案者側には、「一括払いでは税金との絡みで地主が不利益になりかねない」とし、一括か分割かの選択権を与えるべきだとの声があった。地主を一律に扱うことに対しても「前向きな修正だから良し」とする見方がある一方、「跡利用促進という本来の立法趣旨から外れていないか」との疑問が呈された。さらに、「日米安保条約や地位協定の円滑な実施を妨げない」とした規定に強く反発する声もあり、法案調整は容易ではなかった。

軍転特措法案に関して修正協議を進めていた社会党と自民党は、一九九五年(平七)三月三十一までに、焦点の地主補償について①区画整理事業等に供せられる跡地だけでなく、県全土を対象とする②返還後三年間を限度に借料相当分を分割で支払う③契約拒否地主も対象とする方向で考える④性格は「謝金」でなく「管理費」とする―などでほぼ合意した。時限立法とし、一九九五年度(平七)中に施行することでも一致した。この結果、同法案は今国会成立が確実となった。

この修正協議は、社会党の上原氏と自民党の大野功統国防部会長の間で行われ、まず同法案の対象地域を沖縄県以外には拡大しないことで合意。沖縄の特殊事情を法案に書き込むこととした。

地主補償の在り方では、対象を土地改良や区画整理事業に供せられる軍用地に限らず、公平に扱うべきだとする自民案を取りつつも、契約拒否地主も対象とすべきだとする社会党案の指摘にも前向きに努力することで一致。これを受け、自民案の「謝金」としていた支払金の性格は「管理費」に変更された。

支払額は三年を超えない範囲で借料相当分を支払うが、返還時の一括払いとした自民案でなく一年ごとに分割で支払う方法を取り入れることにした。地主補償以外では、自民案が日米安保条約や地位協定の順守を強調した点などを社会党が問題視し、未調整になっていた。上原氏は仲村正治氏(新進)らに経過と法案の再々修正の内容を説明し、法案提出者の意思統一を図った上で自民側と最終の詰めを行うことになった。

自民党は一九九五年(平七)四月十三日、軍転法問題検討委員会を党本部で開き、同党修正案に対し、上原康助氏ら法案提出者側から提示された検討項目について審議した。そのなかで、同法第八条のいわゆる「地主補償」条項関係については、返還後三年間の借料相当分を支払う対象として、国有地を除いた県、市町村、法人、個人有地などを含むことを確認。ただ、その場合、支払い額の上限を設定、法人地主への支払いに一定の枠をはめることが申し合わされた。

これで、上限設定、「原状回復」の義務、同法を時限立法とするなどの点では、自社間で意見の一致をみることになった。

しかし、自民党との意見調整では、あわや「決裂」かと思われる場面もしばしばあったが、「引かば押せ、押せば引け」で忍耐強く努力を続けた甲斐があって双方が譲り合って問題点が絞り込まれてきた。

それは最初から最も激論を交わしてきた第八条の「地主への三年補償」の担保と、自民党の修正案で新たに持ち出されてきた第十六条の「日米安保条約の円滑な実施」云々の文言の取り扱いが最後まで難航した。

そのために、二ヵ月余りにおよぶ攻防が続き、四月一杯の決着に至らず連休明けの五月まで持ち越さざるをえなかった。

社会党の上原康助氏を中心として提出された同法案は、大幅修正を余儀なくされ、いろいろと問題を残しながら最終的には自民党がこの法案の骨格をなしていた第八条の「地主に対する三年補償」を受け入れたため、この機会を逸すると立法は難しいと判断し合意することにした。

一九九五年(平七)二月に自民党は、県や市町村、地主を東京へ呼び公聴会を開催した。さらに三月には、沖縄で再度、地主から意見聴取し、その時点で「地主補償」の法議論は自然消滅。自民党の同問題検討委員らは、「立法化するからにはより良いものを」と強調し、補償対象の枠を広げるなど、原案より踏み込んだ修正案をまとめた。

委員らは、それまで補償に極めて消極的だった政府官庁に対して「政治決着で押し切る」と強気の構えをみせるようになり、自社調整の最大のネックだった「個人補償」問題が解決、今国会中の成立が事実上、確定的となった。二十年越しの“悲願”がようやく実ったのである。

長年の懸案事項であった軍転特措法が、今国会で成立が確実となった。だが、米軍基地を抱える自治体の中には自民、社会両党が歩み寄った修正案に「評価」「不満は残る」「納得できない」と、複雑な反応を見せた。

嘉手納の宮城町長は「やっと日の目を見る。最低限の補償がされた」と素直に喜びを表明。名護市の比嘉市長も「戦後五十年目の節目。成立は大きな前進」、「高齢化する地主を考えると、返還時に三年相当の地料支給は評価したい」(辺土名北谷町長)と、積極的に受け入れることを表明した。

返還が間近な恩納通信施設の跡利用計画で、恩納村の比嘉村長は「ぜひこの法律が適用されるようにしてほしい」と話した。また、基地の整理縮小に向けた大きな一歩としていながらも「法案内容に不満がないわけでもない」(宜野湾添市長)、「地主への補償が三年となったのは不満」(桃原宜野湾市長)と、辛い評価もあった。

金武町の伊芸助役は、軍用地料が財源に占める割合が大きいので修正案に「納得しがたい」と明確に反発した。不満としているのは、返還時の一時金支給が一律一、〇〇〇万円を上限としていることである。「足りない分は交付税で埋め合わせをするとの報道もあるが、それができない場合、市町村の財源はどうなるのか」と不安を募らせ、地域開発が遅れる要因になりかねないとの懸念を示した。

十一 衆院沖特委、本会議で軍転特措法案を可決

衆議院沖縄及び北方問題特別委員会(委員長・鈴木宗男)は一九九五年(平七)四月二十七日、軍転特措法案を審議、賛成、反対討論を経た後、可決採択した。委員会には、河野外相、玉沢防衛庁長官、小沢沖縄開発庁長官の閣僚らが出席。鈴木委員長は、原案に対する修正案について、法案名の変更、新設された「返還についての見通しの通知」条項、「原状回復義務」の明記などのほか最大の焦点となっていた第八条「地主補償」条項について、「補償は上限を一、〇〇〇万円とし、三年の範囲内で支払う」などとした修正点を説明した。その後、予算関連法案のため、内閣を代表して意見を述べた小沢長官は、「政府としては、原案に対しては反対だが、修正案は尊重したい」とし、政府としても議員立法の同修正法案を尊重していくことを言明した。

討論では、自民・宮里松正氏、新進・仲村正治氏、社会・上原康助氏、さきがけ・荒井聰氏、共産・古堅実吉氏がそれぞれ党を代表して見解を表明。宮里氏は、自民修正案を提示した立場から、制定に向け、関係省庁の意見も聴取しながら積極的に努力、地主補償を最重要視したことを強調した。

また、法案提出者側の仲村氏、上原氏は成立にあたって、委員会採決に対し、「感慨をおぼえる」と述べたうえで、修正案は必ずしも十分ではないと指摘し、今後も跡利用計画や運用面で支障をきたさないよう特段の配慮を国に求めた。

共産党の古堅氏は、修正部分については反対を表明した。

なお、同年五月九日の衆院本会議では鈴木宗男衆院沖縄及び北方問題特別委員長が、同委員会での法案修正審議の経過、結果などを報告した。同委員長は「戦後五十年の節目に当たる今日なお、米軍に強制接収された膨大な駐留軍用地が存在する沖縄県の特殊事情の下で、軍用地主の方々のご苦労に配慮してとりまとめたもの」と法案の趣旨を説明し、地主補償など修正案の要綱を報告した。

同法案は一九九四年(平六)六月に自民党を除く与野党議員団が原案を国会に提出、衆院沖特委に審議付託された。同十二月の衆院沖特委で提案理由の説明が行われ、今国会の継続審議となっていたが、提出者側と自民党の原案修正協議が連休前に合意に達し、一九九五年(平七)四月二十七日の衆院沖特委で可決されたことが報告された。採決の結果、衆院本会議では全会一致で可決されるに至った。

十二 軍転特措法案が参議院本会議で可決、成立

軍転法案は、一九九五年(平七)五月十九日午後の参議院本会議で可決、成立した。

参議院本会議は、正午からの再開会議で同法案を審議、法案を去る五月十七日に可決した参議院沖特委の坪井一宇委員長が、委員会の審議経過を報告し、全会一致で可決、成立した。

同法案は昨年六月、自民党を除く与野党議員団が原案を提出し、衆院沖特委に審議付託。今国会まで継続審議となっていたが昨年暮れから重ねられていた提案者側と自民党の原案修正協議が一九九五年(平七)四月下旬合意に達し、修正案が同年四月二十七日に衆院沖特委で、五月九日に同本会議でそれぞれ可決され、参院に送付されたと委員長は報告した。

十三 長年の悲願、ようやく結実

沖縄県民、とりわけ軍用地関係地主の長年の悲願であった「沖縄県における駐留軍用地の返還に伴う特別措置に関する法律」(軍転特措法)が、一九九五年(平七)五月十九日に参議院本会議で、全会一致をもって可決、成立した。

この軍転特措法は、前述したように、議員立法として国会に提出されたが、三度廃案になり、四度目の提案で、原案修正を余儀なくされながら、ようやく日の目を見ることができた。

同特措法の成立は、自民党単独政権が倒れ、社会党委員長を首班とする「自社さ」連立政権が誕生したことによるものだけに、まさに新しい政治潮流が大いに幸いしたと言えよう。

一九七八年(昭五三)、当時の平良県政が法案要綱を策定してから、実に約一七年の歳月を要したことになる。

同特措法は、当初の案が修正され、①国は返還後三年間、借料(土地収用法規定は返還後三年間、②支払額の限度額を年間一、〇〇〇万円、総額三、〇〇〇万円とする―などとなり、軍用地主へかなりの配慮がなされた。七年の時限立法として、同年六月二十日から施行された。

軍転特措法が成立、施行されたことについて、大田知事をはじめ、新城県土地連会長、仲村、上原両衆議院議員は、次のようなコメントを発表した。

二十一世紀振興に大きな支援策
大田知事コメント
長い経緯を踏まえて議員立法となった。最終的には政府も受け入れ、政令も施行される運びとなり、この間の多くの方々のご労苦に感謝したい。(軍転法の)中身は全て県の要請通りではないが、政治・行政ではすべてがかなうのはなかなか難しい。ひとまず、この法律が成立をみて、

跡利用への基盤づくりができた。
二十一世紀をにらみ、沖縄振興を推進するうえで軍転法はおおきな支援策になる。地主らの合意も得ながら、均衡ある発展に活用できるよう、県政としてきちっと取り組みたい。

成立、施行されて感無量
問題出れば話し合いで
土地連会長 新城馨

土地連として要請して一六、七年になる長い間の懸案であり、それが成立、施行され感無量である。県にとっても、地主にとっても喜ばしく、うれしさでいっぱいだ。土地連の全ての要求が満たされたわけではないが、国も予告の件などは運用面で努力すると言っており、今後、問題が出てきた場合も、土地連、各地主会、国が十分話し合っていけば、やっていけるのではないかと思う。

気になるのは、細切れ返還や黙認耕作地の問題である。返還は、ある程度まとまってやってほしいし、黙認耕作地についても、国には慎重な対応をお願いしたい。跡地利用がスムーズに進み、県の発展につながるよう、しっかりと見守っていきたい。

法制定に感慨をおぼえる
衆議院議員 仲村正治
県民が待ち望んでいた「軍転法」が、法律として制定、施行されたことを心から喜んでいる。この法律は、議員立法によるものだが、四度目の提案にしてようやく日の目を見ることができただけに、感慨をおぼえる。
内容的には必ずしも十分とは言い難い点があるが、沖縄の特殊事情に配慮した特別法の制定は大きな前進であり、評価したい。
これで終わりでないので、今後は、的確な運用がなされるよう、十分に監視していきたい。

軍転法成立、特筆に価する成果
衆議院議員 上原康助
思えば実に長い道程だったし、私の国会活動でこれほど力を入れ、多くのエネルギーを注ぎ込んだ仕事は他にそう多くはない。県民は、この法律の成立を党派を超えて歓迎し高く評価してくれていると思う。
敗戦五十年の歴史的節目に軍転特措法が実現したことは、特筆に価する成果だったといえる。今後の基地の整理縮小・返還に役立つばかりか、県土の有効利用、振興開発にもきっとプラスになるものと期待している。
私は、この法律は異彩を放つ議員立法として、国政に刻まれたものと考えている。
しかし、これで沖縄の基地問題が解決できるとは、とても思えない。新しい発想による思い切った政策転換が必要と思う。軍転特措法の運用に注意を払いつつ、期限延長を含め内容の改善に努め、苦労の多かったこの体験を沖縄の未来に役立てていきたい。

なお、同法律・施行令・内閣府令については、本書資料編に収録されているので、参照されたい。

【主要参考資料】

  • ・激動の戦後史と共に(上原康助著、一九九五)
  • ・土地連五十年のあゆみ=新聞集成編(土地連、二〇〇四)

 

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